外灘(バンド)のプロムナードで一休み。そこでこんなものを見つけた。
……中国の他の都市よりはよほどまし、という程度…かな?
それでも以前に比べればだいぶよくなって来ているのは確かだ。
42番のバスで淮海路へ向かい、今日は自由行動の日と決め、うちの奥さんと別れた。その後、地下鉄と20番のバスを乗り継ぎ、電気街東海広場に行ってみた。期待を大きく裏切るほど東海広場はしょぼかった。気を取り直してハードロックカフェ(硬石餐庁)に入り食事。失敗した。一番安いサンドイッチでも涙が出るほど高かった。これでは日本で食べるより高い。どうも今日は調子が悪い。まぁ、こんな日もあるさと気を取り直して店を出た。
香港返還から2ヶ月。返還ムードは町中にも色濃く残っていた。雰囲気としてはただただ嬉しい、というムードからは醒めて、香港をもっと知り、これからどうやってつきあっていこうか考えようというムードになりつつあるような印象を受けた。本屋に行けば特集コーナーに香港に関する書籍のコーナーがもうけられ、歴史・経済・基本法などの本が見受けられた。 ところで、中国では「香港返還」は「香港回帰」または「収回(=回収)香港」と表現されている。要するに「返されたもの」ではなくて、「帰ってきたもの」という感覚である。香港特別行政区基本法の序文からして、 「香港は古来中国のものであり、阿片戦争以後英国に不法に占領されていた …(中略)…中国人民と香港市民の長年の夢であった、この香港の回収がついに実現したのである。」 といった調子なのだ。どうも中国にとって香港はそういうものらしい。内側から見ると、日本で中継で見たときと違って感覚の違いにハッとさせられる。なにはともあれ、小屋は香港も好きなので、お互いにがんばってほしいものである。
左の画像はバスの運転席である。トロリーでない普通のバスもおおかたこんな作りなのだけど、運転席の隣りのおおきなボックスに注目してほしい。実はこれ、エンジンルームなのだ。しかも、車内から開き、メンテナンスができるのである。エンジンがプスンプスン言い出すと信号待ちの間にここを開けてちょこちょこといじる。こうしてはげましてやるとなんとかバスは動き出す。そして次の信号でまた止まる。今度はガンガンやって折檻してやる。そうするとホントに動かなくなってしまったりする。まことにファジーというか生物的で楽しい。だんだん情が移ってきてしまう。日本の車は確かに性能はいいけれどコンピュータのつまったブラックボックスばかりで人間の手の届かないところに行ってしまったような寂しさがある。中国ではまだ機械と人間との距離が近いような気がするのだ。それがいいこととは言わないが。
いったんホテルにもどり、再び64番のバスで船着き場に向かう。ほんとにこの路線にはお世話になった。始発なので席に着いて発車を待っているとアイスクリーム売りのおばちゃんが乗り込んできた。
中国を夏に旅行していてこれはありがたい思うのは、この辺りにいたらいいなと思うところに冷たい飲み物やアイスを売るおばちゃんがいることだ。余剰人員の失業対策なのかもしれないが、日本の自動販売機やコンビニと違って探す必要がない。人が、ああ喉が渇いたなと思うところにぬかりなくいてくれるのである。人間ひとりが専従でやっているだけのことはある。日本ならまず最初に切り捨てられそうな人員だけどそこは共産中国。これはたいへんにありがたいシステムだ。
旅路を振り返る
クルーズ(?)船
風に吹かれながら忙しかった5日間を振り返った。喧噪を離れて1時間も経つと、早くも記憶の美化が始まる。神経をすりへらした人民とのやりとりも嫌なことは全部忘れて、よかった思い出だけが脳裏に刻まれていく…。旅とはこうありたいものだ。
最後にプロムナードからもう一度ライトアップされた外灘(バンド)の建築群を振り返る。これで見納めだ。